第一章 2026年W杯のダークホース?
まず、スイス代表というチームの、近年の歴史を振り返っておきたい。実はこのチーム、直近の大会成績だけを見れば、日本代表とほとんど同じ壁にぶつかり続けてきたチームだった。
2014年ブラジル大会、ベスト16でアルゼンチンと対戦し、延長戦の末に0対1で敗退。2018年ロシア大会、ベスト16でスウェーデンと対戦し、0対1で敗退。2022年カタール大会、ベスト16でポルトガルと対戦し、1対6で大敗。3大会連続で、決勝トーナメント初戦の壁を越えられずにいた。この記録は、同じく3大会連続で初戦敗退を続けてきた日本代表と、奇しくも並んでいた数字だ。とにかく、初戦が勝てない。スイスというチームは、長らくそういうチームだった。
さて、今大会。スイスはグループBで、開催国の一つカナダ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、カタールと同居した。初戦のカタール戦は、立ち上がりからPKで先制しながら、後半アディショナルタイムに追いつかれ、1対1の引き分け。正直、あまり褒められた入り方ではなかった。だが、第2戦のボスニア・ヘルツェゴビナ戦では、後半に入って4得点を奪う快勝を収め、4対1で勝利。そして最終戦、開催国カナダとの一戦を制するグループ首位通過をかけた大一番で、46分にルベン・バルガス、57分に新星ヨハン・マンザンビのゴールで2点をリードし、終盤にプロミス・デイヴィッドに1点を返されたものの、2対1で逃げ切った。1勝1分1敗ではなく、1勝1分1敗どころか、最終的に2勝1分の勝ち点7でグループBを首位通過している。
決勝トーナメント1回戦、相手はグループJを3位で通過したアルジェリアだった。この試合、スイスは前半10分にブレール・エンボロが先制すると、後半開始早々にダン・エンドイェが追加点を挙げ、2対0の完封勝利。ここで、ついに歴史が動く。スイスにとって、これが実に1954年の自国開催大会以来、72年ぶりとなる、決勝トーナメント初戦での勝利だった。2014年、2018年、2022年と、3大会続けて跳ね返され続けてきたあの壁を、スイスはようやく突破したのだ。
続くベスト16、相手はグループGを1位通過したコロンビアだった。この試合は、両チームとも決定機を作りながらも、決めきれない緊迫した展開が続いた。延長戦に入っても得点は生まれず、0対0のままPK戦へ。GKグレゴール・コベルが好セーブを見せ、スイスが4対3を制し、準々決勝進出を決めた。これで、1954年以来、72年ぶりとなるベスト8進出。決勝トーナメント初戦の壁だけでなく、その先の壁までも、一気に突破してみせたのだ。
ここで、私が強調しておきたいことがある。今大会、ベスト8まで勝ち上がった8カ国の中で、大会前にその名前を挙げられていたチームが、スイス以外にどれだけあっただろうか、ということだ。
モロッコは、前回大会でアフリカ勢初のベスト4進出という実績があり、大会前から「静かなダークホースの本命」として名前が挙がっていたチームだった。ノルウェーは、28年ぶりの本大会出場ではあったが、ハーランドという、大会最多得点を争うほどのスター選手を擁しており、その一発力は誰もが警戒していた。ベルギーは、大会前から黄金世代の高齢化が指摘されていたとはいえ、ルカクやデ・ブライネといった名前を含む、常に注目され続けてきたチームだ。フランス、スペイン、イングランド、アルゼンチンに至っては、言うまでもない。
では、スイスはどうだったか。大会前の優勝予想やダークホース特集を見渡しても、スイスの名前を大きく取り上げていた媒体は、ほとんどなかった。ある海外メディアのライターが、2年前のEURO2024でイングランドをPK戦で破ってベスト8まで進んだ実績を根拠に、今大会も期待できるチームだ、と一つの記事の中で触れていた程度だ。大多数の優勝予想、ダークホース予想の記事では、モロッコやノルウェー、コロンビアといった名前が並び、スイスの名前はほとんど見当たらなかった。
つまり、今大会ベスト8に進出した8カ国の中で、真の意味で「誰にも話題に挙げられていなかった」チームは、スイスだけだったと言っていい。派手なスター選手がいるわけでもなく、劇的な物語があるわけでもなく、ただ淡々と、目の前の試合を一つずつ勝ち続けた結果として、気づけばベスト8に辿り着いていた。これこそが、今大会のスイスというチームの、最大の特徴だったと私は思う。
そしてこの事実こそが、次の章で扱うテーマに直結してくる。日本のサッカーファンの間で広がった「スイスになら勝てた」という声。この声が、なぜ的外れなのか。地味で、目立たず、それでいて誰よりも堅実に勝ち上がってきたこのチームの正体を知れば知るほど、その声の危うさが見えてくるはずだ。


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