第三章 スイスはくじ運が良かったのか?
スイスがベスト8まで勝ち上がったことについて、日本のファンの間からは、もう一つの声も聞こえてきた。組み合わせに恵まれただけだ、くじ運が良かっただけだ、という声だ。この見方についても、丁寧に検証しておきたい。
まず、決勝トーナメント2回戦、ベスト16でスイスが対戦したコロンビアについて見てみよう。コロンビアは、グループKでポルトガルと同居し、最終戦の直接対決を0対0で引き分け、その結果コロンビアが1位、ポルトガルが2位でグループを突破している。つまり、コロンビアは、大会前のFIFAランキングで5位につけていたポルトガルと、真っ向から首位通過を争い、そして勝った国だ。この事実だけを見ても、コロンビアが決して与しやすい相手ではなかったことが分かる。実際、この試合は120分間戦って無得点、PK戦にもつれ込む大接戦となり、コロンビアはスイス以上にシュートを放ちながら、最後の一本だけが決められなかった。くじ運が良かったから勝てた試合ではない。
つまり、スイスがベスト8まで勝ち上がった道のりは、くじ運が良かったからではなく、決められたレールを一つずつ、きちんと踏破してきた結果に過ぎない。グループステージを首位で通過し、目の前に置かれた相手に、その都度きちんと勝ってきた。それだけのことだ。
ここで、もう少し踏み込んだ検証をしてみたい。スイスが決勝トーナメントで対戦した相手を、日本が対戦した相手と比較しながら、それぞれの対戦がどのような展開になったかを考察してみよう。
まず、グループステージの相手から見ていく。スイスの初戦の相手はカタールだった。開催国の一つに次ぐ形で本大会に出場した、ホスト経験国だ。この試合、スイスは終始ボールを握りながら、なかなか追加点を奪えず、後半アディショナルタイムに追いつかれて1対1の引き分けに終わっている。もし日本がカタールのような、引いて守りを固めてくる相手と対戦していたら、どうなっていただろうか。日本はこれまでも、格下と見られる相手が引いて守りを固めてきたとき、なかなか崩し切れずに苦しむ試合をたびたび見せてきた。カタール戦での引き分けという結果は、決して他人事ではないはずだ。
次に、ボスニア・ヘルツェゴビナ。この国は、193センチのエディン・ジェコ、194センチのハリス・タバコビッチという、大型FWを擁するチームだ。高さを生かしたセットプレーを最大の武器としており、欧州プレーオフの決勝では、あのイタリアをPK戦で撃破してこの大会に駒を進めてきた。日本がこのボスニア・ヘルツェゴビナと対戦していたら、セットプレーからの失点に苦しめられる展開は、十分に想像できる。日本のセンターバック陣は近年着実に体格面での強化が進んでいるとはいえ、190センチ超えの選手を複数擁するチームとの空中戦は、簡単な仕事ではない。
そしてカナダ。開催国の一つとして、地の利とホームの大声援を味方につけ、アルフォンソ・デイヴィスやジョナサン・デイヴィッドといった、圧倒的なスピードを持つ選手たちを擁するチームだ。実際、グループステージ初戦ではカタールを6対0で粉砕している。もし日本がこのスピードとホームの大声援を併せ持つカナダと対戦していたら、どのような展開になっていただろうか。
決勝トーナメント1回戦のアルジェリアも見ておきたい。この国は、グループステージ最終戦でオーストリアと3対3の激しい打ち合いを演じ、アディショナルタイムに追いつかれてグループ3位に落ちながらも、決勝トーナメント進出を決めるという、劇的な形で勢いに乗ってこの試合に臨んできたチームだった。マフレズという、局面を変えられる個を持つ選手もいる。この手の、勢いに乗った状態の相手というのは、往々にして厄介なものだ。
こうして並べてみると、カタールからアルジェリアまで、スイスが対戦してきた相手は、日本が対戦したオランダやブラジルと比べれば、確かに世間的な知名度や格という点では、格下と言える国が並んでいる。だが、ここで一つ、厳しい問いを自分たちに投げかけたい。そういったチームに、果たして日本は確実に勝てるのだろうか。
引いて守るカタールのような相手を崩しきれるか。高さで圧倒してくるボスニア・ヘルツェゴビナのようなチームに、セットプレーで失点せずに守り切れるか。ホームの大声援を背にしたスピードスターたちに、走り負けずについていけるか。勢いに乗った、番狂わせを狙ってくるチームの勢いを、受け止めきれるか。正直なところ、私には、日本が確実にこれらすべてに勝てる、と胸を張って言い切る自信がない。
今大会、日本はブラジルという、誰もが認める優勝候補に敗れた。いかにもサッカーが強そうな、名前を聞いただけで納得できる相手に敗れたことで、日本人にとっては、ある意味で救われた部分があったのではないだろうか。ブラジルに負けたのなら仕方ない、という空気が、敗戦後すぐに生まれた。だが、もし日本が対戦していたのがブラジルではなく、カタールやボスニア・ヘルツェゴビナのような、世間的な格では劣ると見られがちな相手で、そして同じように敗れていたとしたら。その敗戦を、日本人は同じように受け入れられただろうか。
私はむしろ、そちらの方が、日本の本当の実力を測る、より厳しい試金石になっていたのではないかと思う。誰もが認める強豪に負けることは、ある意味で気持ちの整理がつきやすい。だが、格下と見られがちな相手にこそ、確実に勝ち切れる力があるかどうか。そここそが、本当の意味での地力の証明になる。スイスは、その地味な相手たちを、一つひとつ丁寧に、確実に勝ち上がってきた。くじ運が良かったのではない。目の前の、決して簡単ではない相手を、きちんと倒す力があった。それだけのことなのだ。


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