サッカー日本代表が2034年W杯で勝ち上がるために #1 日本は運を語るレベルに達していない③

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第三章 日本は過大評価。日本人は過小評価。

まず、数字から入りたい。2026年6月11日に発表された、大会直前の最新FIFAランキングで、日本は18位だった。これはアジア勢の中では最上位であり、イラン(20位)、韓国(25位)、オーストラリア(27位)を上回る数字だ。この順位を見て、日本は過小評価されている、と主張する人は少なくない。エロレーティングで見ればもっと上のはずだ、FIFAランキングの算出方式には欠陥がある、といった議論も、大会のたびに繰り返される。

だが、私はここではっきり言いたい。日本は十分に評価されている。むしろ、この18位という順位、あるいはアジア最上位という肩書きは、実績以上に評価されている数字だとすら思う。

今大会、ベスト16に進出した16カ国を見渡してみてほしい。アルゼンチン、スペイン、フランス、イングランド、ポルトガル、ブラジル、モロッコ、オランダ(PK戦で敗退したが1位通過)、ノルウェー、ドイツ、パラグアイ、イタリア圏の強豪、南米の強豪。この顔ぶれの中に、日本が絶対に勝てそうだ、と胸を張って言える相手が一つでもあっただろうか。私には、一つも見当たらなかった。世界ランキング10番台という順位は、正直なところ、日本の現在地としては、過大評価とすら言える実績だと思っている。

日本のサッカーそのものは、素晴らしいと思う。これは皮肉でも何でもなく、本心からそう思っている。国としても、チームとしても規律が行き届いていて、全員が勝つための方向を向いている。相手を過度に恐れず、かといって驕ることもなく、組織的に守り、規律を持って前進する。この姿勢は、現代サッカーにおける一つの正解の形だと言っていい。世界中のサッカー関係者が、日本代表の組織力、運動量、規律の高さを評価しているのは事実だ。だからこそ、18位という順位がついている。

ただ、悔しいのはここからだ。日本という国、日本代表というチームの評価と、日本人という個々の選手に対する評価には、明確な差がある。チームは正当に評価されている。だが、選手個人は、明確に過小評価されている。

理由の一つは、単純にアジア人だから、日本人だから、という先入観だろう。今大会、ワールドカップのメンバーに名を連ねるような日本代表選手たちは、欧州のトップ5リーグ、つまりプレミアリーグ、ラ・リーガ、ブンデスリーガ、セリエA、リーグ・アンで、確実にスタメンを張り続けられるだけの能力を持っていると、私は本気で思っている。2025−26シーズン、欧州5大リーグでプレーする日本人選手は26人にのぼった。過去最多クラスの数字だ。プレミアリーグでは遠藤航、三笘薫(負傷前)、田中碧が主力としてプレーし、スペインでは久保建英がレアル・ソシエダで、もはやスペイン仕様と呼べるほどラ・リーガにフィットしたプレーを見せている。ドイツでは伊藤洋輝がバイエルン・ミュンヘンという舞台でポジション争いの真っ只中にいて、堂安律もシュツットガルトで存在感を放っている。アーセナルには冨安健洋がいた。これだけの選手が、世界最高峰のクラブでプレーしているという事実自体が、日本人選手の実力を証明している。

それでも、彼らがピッチに立ったとき、対戦相手やメディアからの見え方は、同じ実力を持つ欧州や南米の選手とは、まだ明確に違う。こればかりは、彼らがそれぞれの所属先で有無を言わせぬ活躍と貢献を積み重ねていくしか、覆す方法がない。所詮アジア人だから、という固定観念は、口で反論しても変わらない。結果でしか変えられない。

ここで、よく引き合いに出される韓国との比較についても触れておきたい。チームとしての評価で言えば、日本が韓国を上回るという見方が、近年はかなり優勢になってきていると思う。それでも、南米などでは今なお韓国の方が上という印象を持たれている場面がある。一方で、個々の選手の能力という点では、日本人選手に能力的に負けているはずのない韓国人選手の方が、明確に高く評価されている、という逆転現象がある。これは、単純な実力の話ではなく、知名度や商業的な露出、スター選手を作ってきた歴史の長さといった要素が絡んでいるのだろう。だからこそ、日本はこれからの4年間で、ワールドクラスに手がかかる選手たちが、その存在を世界に証明していく期間にしなければならない。日本人を見て、単に器用な選手だ、規律のある選手だ、ではなく、この選手は世界レベルだ、と言ってもらえるように。

チャンピオンズリーグで活躍するような超強豪クラブの試合を見ていても、ここに、あの日本人選手がいたら、もっとこのゲームを支配できるのに、と思う瞬間が、私には何度もある。もちろん、そこまでのポテンシャルを持っている選手は、現状ではまだ数える程度、5人前後だろう。だが、その数は確実に増えてきている。26人という欧州5大リーグ在籍者数の多さが、その裏付けだ。

もう一つ付け加えておきたいのは、日本代表というチームの規律正しさ、組織力の高さが、皮肉にも個々の選手の評価を上げにくくしている側面もある、ということだ。日本の戦い方は、チーム全体としての機能美を追求する傾向が強く、個の突破や、局面を1人でひっくり返すような選手を、必ずしも前面に押し出す戦い方をしていない。三笘薫のような、1人で試合の流れを変えられる選手が、今大会不在だったことの痛手が、これほど語られるのも、裏を返せば、彼のようなタイプの選手が、日本代表には他にそう多くいない、ということの証明でもある。組織で戦うチームと、個で殴り合う選手たちの評価は、本来別々に測られるべきものだ。だが実際には、チームの戦い方のイメージが、個々の選手の評価にまで影響を与えてしまっている。

まとめよう。日本代表というチームは、世界ランキング18位という、実績相応か、むしろ実績以上の評価をすでに受けている。過小評価されているのではなく、過大評価と言ってもいいくらいだ。一方で、日本人という個々の選手は、明確に過小評価されている。この矛盾を解消する方法は一つしかない。個々の選手が、それぞれの所属クラブで、圧倒的な結果を出し続けることだ。チームの評価はもう十分に高い。次の4年間で証明すべきは、個の進化、日本人選手一人ひとりの世界的な価値だ。

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