【サッカー日本代表が2034年W杯で勝ち上がるために】#2 日本はスイスを目指すべきなのか⑤

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第五章 スイスには優勝できる能力があるかもしれないが、スイスを目指す日本は優勝できない

ここまで4つの章にわたって、スイスというチームを称賛してきた。だが、ここで一度、その称賛をひっくり返したい。今からスイスを目指しているようでは、日本の優勝は厳しい。むしろ、劣化版にしかなれない。私はそう思っている。

理由は単純だ。今大会のスイスの躍進は、ジャカやロドリゲスといった歴戦のベテランと、マンザンビのような新世代の才能が、絶妙なタイミングで噛み合った結果だった。ベテランが選手としてのピークをまだ保っている最後のタイミングと、次世代のスターが覚醒するタイミングが、一つの大会で偶然にも重なる。この噛み合わせは、狙って作れるものではない。他国の、しかも極めて特殊な巡り合わせの上に成り立った成功体験を、後追いでなぞろうとしても、本家を超えることは決してできない。

では、日本は何を目指すべきなのか。私は、遠くの他国にお手本を探すのではなく、まず自分たち自身の歴史を、丁寧に振り返るべきだと思っている。日本代表は、決勝トーナメントの初戦という壁に、繰り返しぶつかってきた。直近の3大会、2018年、2022年、2026年の敗戦を、一つひとつ検証していきたい。

まず、2018年ロシア大会。決勝トーナメント1回戦の相手はベルギーだった。日本は前半終了間際の48分に原口元気、52分に乾貴士が立て続けにゴールを決め、2対0とリードを奪う。誰もが、日本史上初のベスト8進出を確信した瞬間だった。だが、そこから試合は一変する。69分にヤン・ヴェルトンゲン、74分にマルアン・フェライニがヘディングで立て続けに得点を返すと、後半アディショナルタイム、日本のコーナーキックからのカウンター攻撃で、ナセル・シャドリに決勝点を決められた。2対3。2点のリードを、まさかの逆転負けで失うという、日本サッカー史に残る痛恨の敗戦だった。

次に、2022年カタール大会。決勝トーナメント1回戦の相手はクロアチアだった。前半43分、前田大然のゴールで日本が先制する。だが後半10分、イヴァン・ペリシッチにヘディングで同点に追いつかれ、1対1のまま延長戦でも決着がつかず、PK戦の末に1対3で敗退した。

そして、2026年北中米大会。決勝トーナメント1回戦の相手はブラジルだった。前半29分、佐野海舟がインターセプトからドリブルで持ち込み、強烈な右足シュートを決めて先制する。ブラジル相手にリードを奪うという、大金星に近い立ち上がりだった。だが後半11分、カゼミーロに同点ゴールを許すと、そのまま試合は膠着状態が続き、決着がついたのは後半アディショナルタイム、90分プラス6分。マルティネッリに勝ち越し弾を叩き込まれ、1対2で敗れた。

この3試合を並べてみて、一つの明確な共通点が浮かび上がる。2018年、2022年、2026年。この3大会すべてにおいて、日本は先に相手からリードを奪っている。しかも、そのリードを守り切れず、最後は逆転、あるいは追いつかれての敗戦に終わっている。3試合中2試合は、決着がついたのが後半の終盤、あるいはアディショナルタイムだ。つまり、日本は、決勝トーナメントの初戦において、実力で完全に押し込まれて負けているわけではない。むしろ、試合を優位に進め、リードを奪うところまでは、3大会連続で、確実にできている。問題は、そこから先だ。リードを奪った後、その試合をどう終わらせるか。この、勝ち切るための最後の局面で、日本は3大会連続で崩れている。これは、単純な実力差の問題ではなく、一発勝負の重圧の中で、リードした試合をどう管理するか、という部分に、明確で、しかも繰り返される課題があることを示している。

ここで、日本サッカーの歴史の中に、この課題への一つの明確な答えを持つチームが存在することを、思い出してほしい。2011年、ドイツで世界一に輝いた、なでしこジャパンだ。

決勝トーナメント1回戦、日本は開催国であり、当時オリンピックで金メダルを獲得し、自国開催で圧倒的な優勝候補だったドイツと対戦した。誰もが、日本の敗退を予想していた。90分では決着がつかず、延長戦にもつれ込んだこの試合、延長後半108分、途中出場の丸山桂里奈が、劇的な決勝ゴールを決める。1対0。王者ドイツを、根競べの末に振り切った。

続く準決勝の相手はスウェーデンだった。この試合、日本は開始早々の10分に先制点を許している。だが、19分、川澄奈穂美が同点ゴールを決めると、後半15分には澤穂希が勝ち越し弾を決めて逆転。さらに19分、川澄が2点目を決めて突き放し、3対1で快勝した。先に失点しても、慌てずに追いつき、そして逆転する。この試合には、その後の決勝にもつながる、なでしこジャパンの真骨頂が表れていた。

そして迎えた決勝、相手は当時世界ランキング1位、女子サッカー界の絶対王者だったアメリカだった。この試合、日本は69分と、延長戦に入ってからの104分と、なんと2度もリードを許している。日本の男子代表が2018年、2022年、2026年と苦しめられてきたのと、まさに同じ状況、リードを許して追いかける展開に、2度も置かれていたのだ。だが、日本は諦めなかった。後半終了間際、宮間あやが同点ゴールを決めて追いつくと、延長後半終了間際の117分、今度は澤穂希が、宮間のコーナーキックに右足アウトサイドで合わせる、執念のボレーシュートを突き刺す。2度追いつかれても、2度とも追いついてみせた。延長戦でも決着がつかず、迎えたPK戦、GK海堀あゆみがアメリカの2本のキックを止める活躍を見せ、3対1でPK戦を制し、日本サッカー史上初めて、世界一の称号を手にした。

ここで、男子代表の3大会と、なでしこジャパンの決勝を、あえて裏返しに並べてみたい。男子代表は、リードを奪う側に3度立ちながら、そのリードを守り切れずに敗れた。なでしこジャパンは、逆にリードを奪われる側に、決勝だけで2度立ちながら、そのビハインドを跳ね返し続けて優勝した。同じ「一発勝負の終盤で試される精神力」というテーマにおいて、片方は守る側で崩れ、もう片方は追う側で踏ん張り抜いた。この対比は、決して偶然ではないと私は思う。

2011年のなでしこジャパンが対戦した、ドイツ、スウェーデン、アメリカは、いずれも当時の女子サッカー界において、日本よりも格上と見られていたチームばかりだった。個々の選手の身体能力や、国際的な実績という点でも、日本が優れていたとは言い難い。それでも、このチームは勝ち続けた。しかも、先に失点する試合、リードを許す試合が続く中で、そのたびに、慌てず、諦めず、追いついて、逆転してみせた。ドイツ戦では根競べの末に決勝点をもぎ取り、スウェーデン戦では失点を跳ね返して快勝し、決勝では2度のリードを許してなお、2度とも同点に追いついた。

これこそが、私が男子の日本代表に見出したい姿だ。今の男子日本代表と、2011年のなでしこジャパンとでは、置かれている状況も、格も、単純に同じ土俵で語れるものではないかもしれない。それでも、あの時のなでしこジャパンが体現していたメンタリティ、格上相手に何度倒されても、それでも立ち上がり続ける姿勢は、決勝トーナメントの初戦という壁を越えるために、男子代表に最も欠けているものだと、私は思う。

2018年、2022年、2026年。日本は3大会連続で、リードを守り切れずに敗れた。だが、2011年のなでしこジャパンは、逆に、劣勢からの追い上げを、決勝の中だけでも2度、大会を通じては3試合連続でやってのけた。試合を優位に進める力、リードを奪う力は、すでに男子代表にも、直近3大会ではっきりと備わっている。あとは、その優位を、最後まで守り切る強さを、チームの文化として根付かせることができるかどうかだ。

スイスを目指すのではなく、2011年のなでしこジャパンを目指すべきだ。他国の、特殊な好条件が重なった成功体験を後追いでなぞるのではなく、自分たちの国の歴史の中に、すでに答えの原型が存在している。

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